その物件は畑の中にありました。畑をはさんで民家がちらほら建っており、周囲に林も無く、物件からよく見える高速道路からは通行する車の音がはっきり聞こえました。 おおよそ、田舎暮らしだとか高原の避暑地だとかいった雰囲気は乏しいところで、物件を探し始めて間も無い頃に訪れていれば、即座に立ち去っていたのではないかと思えるような場所です。また、開けた場所だけに冬の八ヶ岳おろしも相当厳しいものと思われました。
しかし、その場所の開放感と、ちょうど雲もなくパノラマで一望出来た南アルプスの眺望は私達の心を捉えました。隣家との距離感も、カミさんの希望に適うものでしたし、敷地は南北に長く、私達が予算内でそれまでに見た物件の中では最も広い部類のもので、今後目の前に家が建ってしまう心配もありませんし、土地自体が休耕地ということもあり、敷地内で家庭菜園を楽しむにも最適と思われました。
それに、物件を探すのは時間もコストもかかります。実際、この年私達は、物件探し以外にはほとんど旅行らしい旅行にも出かけませんでした。また、この移住が人生の大きな転機になることは間違いありません。自分の年齢を考えると、たとえばもう一年物件探しを続けることによって倍くらい良い物件が見つかるとしても、それよりも一年早く田舎暮らしを始めることの方が貴重であるように、私には思えました。 さらに、私の場合、会社から事前に許可を得ているとはいえ、実現が遅れれば、その間にいつ仕事の状況が田舎暮らしを許さない状況にならないとも限りません。環境が整っているうちに、既成事実を早く作ってしまいたいという焦りも、正直言って若干ありました。
我々夫婦は、その物件を購入することを決断しました。