入居の前後は引っ越し作業に追われ、またすぐに毎週のように友人や知人が遊びに来てくれたりして、新居に移れた感激に浸る間もありませんでした。
また、半セルフビルドすることにしたウッドデッキも作らなければなりませんでしたし、冬までにストーブ用の薪も準備しなければなりません。
4ヶ月間の仮住いを経たこともあり、この頃には近辺に知り合いもたくさん出来ていましたし、移住を果たした時には、既に新しい生活がすっかり始まっていたという感じでした。
引越してすぐ、区長さんや組長さんに相談したところ、しきたりなどと言っても最近ではそんなに大変ではないというお話で、規定の加入金を納めて部落の一員に加えて頂くことになりました。
入ってみると、部落にはたまたま私と同世代の人も多かったり、我が家同様都会から移住して来たお宅も既に何軒かあったりして、よく言われるような「都会から移住して来て土地の人とも積極的に交流している」といった大袈裟なことではなく、むしろ単に「埼玉から山梨へ引越して来て当たり前に近所付き合いをしている」という感覚で、自然にお付き合いを始めることが出来ました。
また、地区の運動会、防災訓練、草刈りなどなど、都会に比べると確かに行事はいろいろありますが、それだけ親睦の機会も多いということで、最初の数ヶ月だけで、埼玉に6年間住んでいた時の何十倍も、ご近所と親しくさせて頂いた気がしました。また、野菜を分けて頂いたり、薪を世話して頂いたりと、部落の方にはその後も何かと親切にして頂いています。
田舎の人付き合いは大変と言いますが、特に世代が近い人とは、とくべつ感覚の違いを感じることはありませんし、また一方世代の違う人にも親しくして頂けるというのも、こういった近所付き合いならではという気もします。私には例えば都市近郊の新興住宅街やマンションに引越して、お義理が中心の最小限の近所付き合いをするよりも、こちらの方がよほど気を遣うことも少ないし、何より楽しいのではないかと思われます。
また、都会では税金さえ払っていれば、地域のことは行政が全部やってくれるのが当たり前という感覚がありますが、田舎では消防団に象徴されるように、住民が様々な形で具体的に自治活動に参加する必要があります。私には、あまりにも他人任せの都会の生活よりも、部落の活動などを通じて住民が地域社会に貢献している田舎の生活の方が、本来の姿なのではないかと感じられます。
田舎暮らしでは、「永住」という言葉が「別荘」の対称語としてよく用いられますが、元々ゆかりの無い土地にやって来て暮らそうという私のような根無し草にとっては、「移住」することの意識の方が強く、「永住」ということはあまり意識していませんでした。しかし、部落の方から、地域共同体の新たな一員として迎えられることで、改めてこの地に「永住」するのだということをしみじみと実感したような気がします。